2012年05月07日

石川幾太郎 と 武蔵野鉄道 と ・ ・ ・

5月7日は、西武鉄道の創立記念日です。それは、その前身、武蔵野鉄道が明治45年(1912)5月7日に設立されたことに由来し、今年、100周年の年にあたります。発起人は、飯能の出身の平沼専蔵、豊岡町では粕谷義三、繁田武平、石川幾太郎など、沿線の町村を中心に140余名で、社長は平沼専蔵が就任しました。
 二代目社長小能五郎の時、大正4年(1915)4月15日、池袋から飯能間が蒸気鉄道として開業します。
1336396581.jpg霞川橋梁下り線  

武蔵野鉄道開業時から使われている橋桁 
1336396619.jpg 旧入間川橋梁  

武蔵野鉄道開業当時の現存する最大の構造物
  
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2012年05月06日

武蔵豊岡教会尖塔の「アルファ・オメガ」

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5月6日は、武蔵豊岡教会、現礼拝堂の献堂日です。
大正12年1923年の完成ですから、今年で89年目にあたります。
この武蔵豊岡教会の入口から見上げる尖塔の壁面に一つのレリーフがあります。
武蔵豊岡教会に見学にこられた方が、あれは何ですかという質問をされるそうです。
  
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2011年10月14日

武蔵豊岡教会附属惠幼稚園とW.M.ヴォーリズ

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「保育証書 第424号 
あなたは本園で、一年間保育したことを証します 
武蔵豊岡教会附属惠幼稚園 逢坂哲夫」

W.M.ヴォーリズ設計の我が母校、武蔵豊岡教会附属惠幼稚園(現武蔵豊岡教会)の卒園証書の原文です。
 失礼ながら私事を申しますと、私は、父方親族の居住する野田地区で生まれました。父が都内勤務の為、昭和30年代に入間市駅至近の豊岡地区黒須に転居しました。そこで、生まれて初めて、天にも届く程高い、緑色の尖塔のある武蔵豊岡教会を知りました。
  
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2011年08月22日

宮寺教会の新聞記事

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入間市の宮寺にはカトリックの宮寺教会があります。この建物は埼玉県内では現存最古といわれる教会建築です。
この建物に関する記事が埼玉新聞に掲載されました。ネットには載らなかったようですので、ここに転載します。
※ブログ記事内の写真は当会会員が撮影したものです。
 
埼玉新聞2011年8月18日
畳敷きの聖堂 今も
面影当時のまま、建立100周年   入間のカトリック宮寺教会
入間市宮寺のカトリック宮寺教会が今年、建立100周年を迎え、9月19日には盛大に100周年記念祭を催す。このカトリック教会は今でも昔ながらの畳敷き(22畳半)で、建設当時の面影をそのまま残している。カトリック教会では県内で最初の建物で、入間市景観50選にも選ばれている。(広川二六)

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2011年06月21日

「 新道の家 」 と 「 自由学園 」

  いかす会ブログでも数度にわたりとりあげた、洋風住宅「新道の家」について、当会会長・岡野亘から寄稿がありましたので、掲載いたします。

「新道の家」の完成年、設計者は不明。昭和初期に登記されたということから、それ以前に建てられ設計に関しては「学生さんがやった」という伝えから、ウィリアム・メレル・ヴォーリズ設計、大正12年(1923年)に献堂式が行われた、日本メソジスト豊岡教会の建設にかかわった森濱吉の、その息子という推測もあるが。

「新道の家」を建築という面からみると、設計にかかわった人物は、洋風の住宅建築について学んだ、それも、フランク・ロイド・ライトの建築の影響、もしくは参考にしていると思われるところがある、と感じるのは私だけではない。

2つの洋室の窓前には同じ仕上げを伴った建物と一体化した花壇が・・・外界を壁と窓で仕切っていくのではなく、花壇を介して建物の外と内が秩序立てられ、そして2つの洋室は、8畳の和室の前に設けられた広縁で結ばれている。

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 「自由学園 明日館」
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2011年05月27日

新道の家

久々となりました「入間市の文化遺産」カテゴリの記事。今回は小説の舞台にもなった、知る人ぞ知る?洋風住宅をご紹介します。

すでにご紹介した西洋館をつくった旧石川組製糸。その創業者である石川幾太郎の妹に石川つめという人がいました。
つめは若くして夫を亡くし、生まれたばかりの子供を連れて石川家に復籍します。その後、現在の黒須団地にあった石川組本店工場の女工総監督として石川組の発展に寄与しました。
つめは幾太郎社長をはじめとする重役から現場の女工まで、皆から「あーちゃん」と呼ばれ親しまれました。
作家打木村治の自伝的小説で、石川組をモデルとした「丸川製糸」が登場する『大地の園』にも、彼女をモデルとした人物が登場します。
1306443648.jpgそんなあーちゃんが住んだ洋風住宅が現存しています。

通称「新道の家」と呼ばれるこれは、昭和初期建築と推測される木造平屋建ての住宅です。
  
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2011年05月06日

今日は誕生日です!

来る8日に当会主催の講演会「愛と恵みの建築 建築家ヴォーリズと武蔵豊岡教会」を行いますが、そのメインテーマの一つでもあるのが武蔵豊岡教会の教会堂。
この教会堂、1923(大正12)年の5月6日に献堂式が行われました。
そう、献堂式があったのは88年前の今日です!

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献堂式があった88年前の5月6日から今日まで教会堂は親しまれてきましたから、人間にたとえれば誕生日といっても過言ではないでしょう。
しかも88歳は人間にたとえれば米寿です。このような節目の年に教会堂の講演会を聞ける機会は滅多にありませんよ!
1304681517.jpg講演会の開催まで残すところあと僅かとなりましたが、多くの方にご参加頂ければと思います。
 ※写真は2011年5月6日撮影です。 
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2011年04月02日

武蔵豊岡教会

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国道16号線で大宮方面へ向かうとき、河原町交差点の先に立派な教会を見つけた方もいらっしゃるのではないでしょうか?
また、西武池袋線の上り電車が入間市駅に着く直前、霞川を渡るときに進行方向左側を見ても、同じ教会を確認することができます。
 この教会は、日本キリスト教団武蔵豊岡教会で、国道や電車から見ることができる教会堂は大正時代に建てられた由緒ある建物です。

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2011年04月01日

旧石川組製糸西洋館

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かつてこの入間市には、石川組という全国有数の製糸会社が存在しました。
石川組製糸の始まりは、黒須村の石川家当主である石川幾太郎が1893年(明治26)に家庭子女のために座繰製糸とよばれる手工業を始めたことです。
操業開始の翌年には、当時先進的であった機械製糸に切り替え、大正時代に入ると規模を拡大し、最盛期には埼玉県内に6つの工場(うち3ヶ所が現在の入間市内)、また愛知・福島などにも工場を設置し、国内でも有数の製糸会社に発展しました。

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