2011年10月14日

武蔵豊岡教会附属惠幼稚園とW.M.ヴォーリズ

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「保育証書 第424号 
あなたは本園で、一年間保育したことを証します 
武蔵豊岡教会附属惠幼稚園 逢坂哲夫」

W.M.ヴォーリズ設計の我が母校、武蔵豊岡教会附属惠幼稚園(現武蔵豊岡教会)の卒園証書の原文です。
 失礼ながら私事を申しますと、私は、父方親族の居住する野田地区で生まれました。父が都内勤務の為、昭和30年代に入間市駅至近の豊岡地区黒須に転居しました。そこで、生まれて初めて、天にも届く程高い、緑色の尖塔のある武蔵豊岡教会を知りました。
  
 当時、子ども心にも日本の小さな四角い窓の木造家屋が隣接する中で、豊かな採光を得られる大きな窓の西洋館とアーチ型の窓にステンドグラスが施された教会が渾然と融和する景観をみていると、アンデルセン童話のファンタジーの世界に迷い込んでしまったような不思議な想いを抱かせてくれました。

 武蔵豊岡教会附属惠幼稚園での生活は、内向的だった私にとって、とても刺激的なものでした。先生は、穏やかで優しい方でした。しかし、当時は、ジョンソン基地(現入間基地)が返還されていませんでしたから、園児の約三分の一は米国人(米軍将校のご子息)です。日本の腕白坊主たちと喧嘩の毎日でした。

 加えて、園庭にある回転滑り台も猿の檻の脇に設置されていた為、歓声を上げて園児が滑り降りる度に、猿が牙を剥き出し、金網を揺らして、驚かされました。園庭では、教会の尖塔から蝙蝠がよく落ちて来ました。唯一、静かなひとときは、日曜学校のお祈りと知能検査、礼拝堂でのお昼寝の時間だったことを覚えています。

 このように私の五感に深く刻まれた、生涯、忘れる事の無い大切な幼児期の原風景がW・Mヴォーリズ設計の武蔵豊岡教会なのです。
 ヴォーリズの作品は、地道で熱心な伝道活動を続けたキリスト教精神に基づき、生活に関わる住宅、幼稚園、郵便局、教会、学校のほか、別荘、邸宅などです。建築家であり、事業家(メンソレータム等)としても活躍された、多岐にわたる作品は、そこに集う人々への深い思いやりに溢れています。

 2009年に開催された汐留ミュージアムでの「W.M.ヴォーリズ展」の副題にあるように『恵みの居場所をつくる』ものです。
近江八幡にある「旧八幡郵便局舎」を地元の方々によって、保存、再生されたり、「軽井沢朝吹山荘(三井系実業家朝吹常吉別荘)」も移築、永久保存されました。逸材の思考力と技術力の二つの極みの上に素晴らしい建築の創造性が社会をつくり、人をつくり、そして、人が文化をつくります。

私が愛してやまなかった、W.M.ヴォーリズ設計の我が母校、武蔵豊岡教会がいつまでも在り続けることを望みます。 
   ( 文責 岡野惠子 )
            

※写真は筆者の卒園式ではなく、石川洋子さん提供の武蔵豊岡教会附属惠幼稚園卒園式の記念写真です。
posted by 文化遺産をいかす会 at 11:18 | Comment(0) | 入間市の文化遺産 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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