2011年04月02日

武蔵豊岡教会

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国道16号線で大宮方面へ向かうとき、河原町交差点の先に立派な教会を見つけた方もいらっしゃるのではないでしょうか?
また、西武池袋線の上り電車が入間市駅に着く直前、霞川を渡るときに進行方向左側を見ても、同じ教会を確認することができます。
 この教会は、日本キリスト教団武蔵豊岡教会で、国道や電車から見ることができる教会堂は大正時代に建てられた由緒ある建物です。

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この武蔵豊岡教会の創立には、前回このブログで取り上げた西洋館を建てた、石川家・石川組が大きく関わっています。
 石川組の創立者である石川幾太郎の弟・石川和助は、1886年(明治19)にキリスト教の洗礼を受け、豊岡での布教を開始します。その過程で幾太郎ら石川家の人々も洗礼を受けました。話はそれますが、石川組の経営や方針にはキリスト教色が強く、当時の製糸会社にありがちな女工への厳しい扱いなどはほとんどなかったと伝えられています。
 話を戻すと、1895年(明治28)に教会員より寄進された酒蔵を用いた「天祐堂」という教会を扇町屋(今の原田病院のあたり)に創立しました。

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  明治28年、創立直前の天祐堂

しかし酒蔵を転用した天祐堂では、増え続ける教会員を収容するのが難しくなってきたことから、石川幾太郎が寄進した1000坪の用地と1万円の資金をもとに、現在の教会堂を建立しました。

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建立当時の教会堂

教会堂は1923(大正12)年献堂されました。この教会堂を設計したのはアメリカ人宣教師で建築家の、ウィリアム・メレル・ヴォーリズです。ヴォーリズの他の建築作品では「山の上ホテル」「滋賀県豊郷町立豊郷小学校旧校舎」などがあげられます。
 また、「メンターム」で知られる近江兄弟社を設立したのもヴォーリズです。

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教会堂内部
建築から80年以上が経過した今も現役の教会として使われており、すぐ近くの西洋館とともに、入間市景観50選にも指定され、入間市のなくてはならない風景としてすっかりとけ込んでいます。

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また、酒蔵を転用した天祐堂も、現教会堂建立時に河原町に移転、こちらも現存しています。
posted by 文化遺産をいかす会 at 13:49 | Comment(0) | 入間市の文化遺産 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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