2011年04月01日

旧石川組製糸西洋館

1301632347.jpg

かつてこの入間市には、石川組という全国有数の製糸会社が存在しました。
石川組製糸の始まりは、黒須村の石川家当主である石川幾太郎が1893年(明治26)に家庭子女のために座繰製糸とよばれる手工業を始めたことです。
操業開始の翌年には、当時先進的であった機械製糸に切り替え、大正時代に入ると規模を拡大し、最盛期には埼玉県内に6つの工場(うち3ヶ所が現在の入間市内)、また愛知・福島などにも工場を設置し、国内でも有数の製糸会社に発展しました。

その石川組を一代で築き上げた石川幾太郎が、大正12年に主に海外からの商人をもてなすために建てられた迎賓館が、今回の記事で取り上げる西洋館です。
 場所は現在の入間市河原町。国道16号線沿いにあるのでご覧になられた方も多いのではないでしょうか??かつては、西洋館の近くの入間黒須団地が石川組本店工場でした。西洋館は、工場に隣接した迎賓館であったということです。
 西洋館の設計は川越出身で、東京帝国大学で西洋建築を学んだ室岡惣七、施工は同じく川越の大工である関根平蔵が担当しました。

1301632414.jpg
 
別館

木造2階建ての本館と一階建ての別館に分かれており、外観は化粧煉瓦とよばれるレンガ調のタイルで覆われているのが特徴です。本来は本館が客人をもてなす建物で、別館はその付帯設備だったのであろうと推測されています。建築学的には外観より館内が優れていると言われ、作りつけの家具や、絹でできた壁紙など、製糸業が盛んであった時代を思うことができる設備が多数あります。

1301632492.jpg
一階の食堂

石川組はその後、関東大震災や昭和恐慌の影響で、その歴史に幕を下ろしますが、西洋館はその後もこの地に残りました。
 戦時中は陸軍航空士官学校校長の官舎に、戦後は米軍ジョンソン基地(現入間基地)の将校の住居として使用されました。米軍が接収した際に、一部の部屋・ベランダの改装、シャワー室の設置などが行われ、原型は損なわれました。

1301632558.jpg
米軍接収時に改装されたベランダ

1958年(昭和33)に米軍より返還された後は石川家によって管理がなされ、2001年(平成13)年にはには国の登録有形文化財に指定されています。その後2005年(平成17)に入間市に寄贈されました。近年では、映画やテレビドラマなどのロケにも使用されており、その映像でご覧になられた方もいらっしゃるかもしれません。

1301632631.jpg
南側からの様子

入間市に寄贈されてからは定期的に内部の公開が行われており、西洋館の公開日情報(入間市公式ホームページ)でお確かめください。
興味のある方はぜひ西洋館へ足を運んでみてください。〜(^^)/
posted by 文化遺産をいかす会 at 13:13 | Comment(0) | 入間市の文化遺産 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: